生理の経血が再生医療に!?幹細胞で広がる不妊治療の可能性
2025.04.18
先日、女性医療の最先端を走るお二人の先生――小川誠司先生(藤田医科大学羽田クリニック)と伊沢博美先生(神宮外苑 Woman Life Clinic 院長)にお会いして、とても興味深いお話を伺いました。
お二人から教えていただいたのが、なんと「生理の経血に含まれる幹細胞を使った再生医療」のお話。
病気の治療、不妊症の改善、アンチエイジングまで…。
「えっ!?いつも捨てるだけの生理の経血で…?」と思った方、はい、私たちも最初はおどろきました。
でも、お二人の話を聞けば聞くほど、「これは未来の医療を変えるかも!」とワクワクが止まりませんでした。

再生医療ってなに?
再生医療とは、病気やケガで傷ついた体の一部を、自分の細胞の力で修復・再生させる医療のこと。
たとえば、これまで手術や薬でしか治せなかったような部分が、細胞の力で再生して回復する――そんな未来的な治療法です。
整形外科、美容、肝臓、心臓、婦人科など、さまざまな分野で応用が進んでいて、日本でも2023年には5,000件以上の再生医療提供計画が届け出されています(治療を始めるための事前申請のようなものです)。
幹細胞ってどんな細胞?
幹細胞は、さまざまな細胞に変化できる“未来の細胞のもと”。傷ついた部分を修復したり、機能を回復させたりする、私たちの体に備わる「自己再生の力」です。
実は幹細胞にはいくつかの種類があり、たとえばよく耳にするiPS細胞やES細胞もその一種です。これらは「人工的に作られた幹細胞」で、研究や再生医療の分野で注目されています。
一方で、体の中に自然に存在している幹細胞もあり、それが今回ご紹介している「間葉系幹細胞」などです。このタイプは、もともと私たちの体の中にあり、炎症を抑えたり、組織の修復を助けたりする働きがあります。
幹細胞は体のあちこちに存在していています。たとえば、骨髄(骨の中)、脂肪組織、歯の神経(歯髄)、出産時の臍帯や臍帯血、肺など。
そして、実は、生理の経血にも幹細胞が含まれているんです!
特に月経の量が多いタイミングの経血5ccには、なんと平均で約500万個もの幹細胞が含まれているともいわれています。
この幹細胞は「間葉系幹細胞」というタイプで、炎症を抑えたり、損傷した組織の修復を助ける力が非常に高いのが特徴です。
これまで何気なく処理していた経血の中に、未来の医療を支える大きな可能性が眠っていたなんておどろきですよね。
月経血幹細胞にはどんな可能性があるの?

月経血に含まれる幹細胞には、再生や修復を助ける力があることがわかってきています。
現在、以下のような分野での応用が期待されています。
- 卵巣機能の回復・不妊症・更年期のサポート
- 子宮内膜が薄くて妊娠しにくい場合の再生
- 心筋梗塞や脳梗塞などの循環器系疾患
- 肝臓や肺の機能改善(コロナ後遺症など)
- 皮膚の再生、関節の炎症、神経疾患
まさに、“女性の体から生まれた細胞が、女性の体を助ける”という、新しい医療のかたちが見え始めています。
実際の治療例
現在、国内では神宮外苑 Woman Life Clinicにおいて、月経血幹細胞を活用した再生医療の症例が学会等で紹介されはじめており、研究・臨床の取り組みが進められています。
また、国内外の報告を含め、これまでに次のような変化が確認されたという症例もあります。
- 子宮内膜が再生し、妊娠が成立した
- 更年期のつらさが軽減した
- コロナ後遺症による息切れが改善した
- 関節の痛みが和らぎ、正座ができるようになった
さらに、長年不妊治療に携わってきた小川先生は、「排卵誘発をしても卵子が育たない、受精しても胚が育たない、PRP(自分の血液から取り出した血小板成分を注入する治療)を試しても改善しない。そんな方にとって、月経血幹細胞治療は次の選択肢になりうる治療です。実際に、これまで採卵できなかった方が採卵できるようになった、という報告もあります」とおっしゃっていました。
今はまだ始まったばかりの治療ですが、「これまでの治療では難しかった人に、新しい光をもたらす存在」として、国内外でのさらなる発展が期待されています。
月経血幹細胞、どうやって採取するの?

実はこの幹細胞、月経カップで経血を採取するだけで集めることができるんです。
注射や手術などの医療行為は一切不要で、体に負担をかけることなく、自宅で自分のタイミングで行えるのが大きな特徴です。
具体的には、生理中に月経カップに溜まった経血を、専用の容器に移して冷蔵保存。
その後、採取から72時間以内にクリニックへ提出します。
必要な経血量は、たったの5〜10ccほど(一般的な月経カップの約1/6〜1/3)。量が多い月経2日目あたりが採取のおすすめタイミングです。
他の幹細胞(骨髄や脂肪など)は、採取の際に麻酔や小手術など、体に負担のかかる処置が必要ですが、月経血の場合は、「非侵襲的(からだに傷をつけない)」方法で、安全かつシンプルに採取できるというのが大きな魅力です。
月経血幹細胞との出会い
伊沢先生は、再生医療という分野に“医療の未来を変える夢”を感じ、研究を続けてきた一人。
当時はまだ再生医療に関する教科書のようなものはほとんどなく、論文を読みながら独学で幹細胞について学ばれていたそうです。
その中で出会ったのが、月経血由来の幹細胞。しかもそれが、月経カップを使えば非侵襲的(からだに傷をつけない)に採取できるという点に、大きな可能性を感じたといいます。
当時の日本では臨床例もほとんどなく、月経血というテーマ自体への理解も進んでいなかったため、特に男性医師からの理解を得るのに苦労されたそうです。
それでも「女性の体から採れる細胞を、女性自身の未来のために活かしたい」という想いを胸に、現在では日本で初めて、月経血幹細胞を用いた再生医療の提供計画を実現した医師として、現場の第一線で活躍されています。
こうした取り組みによって、「月経血幹細胞を未来の自分のために保存する」という選択肢は、すでに医療の現場で動きはじめています。
未来の自分のために、月経血幹細胞を保存する
月経血に含まれる幹細胞は、将来の再生医療に活用するために保存しておくこともできます。
神宮外苑 Woman Life Clinicでは、経血から幹細胞を分離・培養したあと、専門の機関で液体窒素による長期冷凍保存が可能です。
いわゆる「月経血バンキング」と呼ばれる取り組みで、必要になったときに備えて、自分の幹細胞を保管しておけるのです。
費用の目安は次の通りです。
- 初期費用:約16万円(分離・処理などを含む)
- 年間保管料:約11,000円(月額換算で約1,000円ほど)
今は必要でなくても、未来の自分のために残しておける。そんな新しい選択肢として、少しずつ注目が集まっています。
ちなみに、幹細胞は年齢とともに“数”も“質”も低下することがわかっています。そのため、できれば20代など、若いうちに保存しておくのがおすすめと、伊沢先生たちもお話しされていました。
月経血の幹細胞とさい帯血バンクってどう違うの?
幹細胞を保存する方法としては、「さい帯血バンク」の方がすでに知られているかもしれません。
さい帯血とは、出産の際にへその緒(医学的には「さい帯」という)に残る赤ちゃんの血液のことで、主に白血病などの血液の病気の治療に使われています。ちなみに、同じくさい帯から採れる幹細胞は、再生医療に活用されています。
どちらも再生医療に使える大切な細胞を保管する仕組みですが、それぞれに違いがあります。
比較項目 | さい帯血バンク | 月経血バンク |
保存する人 | 生まれてくる赤ちゃんのため | 自分自身のため |
採取できる時期 | 出産時のみ | 月経がある限り、繰り返し採取可能 |
主な活用分野 | 血液の病気(白血病など) | 不妊や更年期など、女性の体の不調に対応する再生医療 |
さい帯血は、“これから生まれてくる赤ちゃんの命を守るため”に保存されるもの。一方、月経血の幹細胞は、“これからの自分の健康や未来のため”に備えておける、新しい選択肢です。
ご興味のある方へ
もし「もっと知りたい」「私にもできるかな?」と思った方は、info@integro.jp までお気軽にご連絡ください。
多くの方からご希望があれば、伊沢先生をお招きしてのセミナーや座談会も開催できたらと思っています。
月経カップと、女性の未来を支える医療のかたち。その可能性を、一緒に広げていきませんか?
この記事でお話を伺った先生方
今回の取材では、月経血幹細胞による再生医療の現場で活躍されているお二人の先生にお話を伺いました。
伊沢 博美(いざわ ひろみ)先生
月経血幹細胞臨床研究会 理事長/神宮外苑Woman Life Clinic 院長・医学博士

獨協医科大学医学部卒業。順天堂大学大学院で腫瘍放射線医学を学び、がん診療に従事。順天堂医院、婦人科・内科、再生医療等提供機関勤務を経て、2020年神宮外苑Woman Life Clinicを開設。日本国内で初となる月経血由来幹細胞での再生医療等提供計画の受理を取得した。現在は、月経血幹細胞臨床研究会の理事長として、認知拡大、臨床データ集積に尽力している。
小川 誠司(おがわ せいじ)先生
神宮外苑Woman Life Clinic 再生医療(不妊)実施責任者/藤田医科大学羽田クリニック 准教授

生殖医療の専門家であり、同領域の再生医療にも精通。産婦人科領域・生殖医療領域でも数多くの治療・研究・発表をしている。
日本産科婦人科学会指導医、日本女性医学会専門医、日本生殖医学会生殖医療専門医、月経血幹細胞臨床研究会 学術理事。